Self-careの根本
Hell everyone!
How are you doing?
みなさんこんにちは!有言実行を掲げる国際看護師みーやんです。
つい数日前より、うちにやってきたボリス君。
旦那のArmy仲間の一人が国外遠征に行くということで預かることになった犬ちゃん。
どこに行くにもついてくる―――!うちのNanaちゃんもついてくるけど もっと自立してるw
一人も好きだから、一人でベットルームで寝てたりする
でもボリスは必ず100%ついてくる
トイレに行ったらズボンに顔を乗せてくるし
机に向かっていると 「遊んで遊んで」と膝に乗ろうとするし
とにかくついてくるついてくる
そしてNanaちゃんはめちゃめちゃ嫉妬してくるw
いつもは一人でいるのも好きなのに。。。わざと人の上に乗ってきたり 寝てきたり
とにかく可愛いわんこちゃんたちに癒されています
今日のテーマは
self-careの根本
私たちの考えるself-care
看護師として働くうえで、すごく大事な要素になること。
日勤、準夜勤、夜勤と時間感覚、曜日感覚もなくなるような生活をしてることや
家族や友達、パートナーとなかなか会えないことも多々
その上、座ることも、トイレに行く事も休憩もままならないシフトもある
患者さんに暴力を振るわれることもある
人の生死にかかわるレベルでassessmentをしてdecision-makingをする
人間だからミスもする
自分の事を攻めてしまうことも、だれかと比べてしまうことも
人の評価を気にしてしまうことも
とにかく心―身ともに疲弊する場面が沢山あると思う。
だからこそ大切なself-care。
でも、そのself-careってマッサージに行ったり、アロマを炊いたり、Yogaをしたり、友達とカラオケ行ったり、飲みに行ったり、旅行したり、ジムジャンキーになってみたり
そういうレベルで終わってしまっていませんか?
Yes, the kind of self-care is impotant too but self-care is not just about that.
その時に気分の良くなることでそのモヤモヤした気持ち
ストレスや痛みに絆創膏をはったり
その時に楽しくなれることやリラックス出来ることをやって
その時の気持ちを麻痺させていませんか?
私はそうでした。
今でも、ついついself-careというとそういう事ばかりに目が行ってしまいます
でもそれは結局は根本を変えていないので、同じことがまた起こるわけで、
その対処法として自分自身に「大丈夫ちょっとリフレッシュすればまた気持ちは戻る」
と”self-care"という名の麻酔薬を使っているだけ
結局、麻酔から目覚めたら痛みは出てくるし、傷口も治っていない、
傷口が治らないまままた頑張るから傷口は広がって
さらに新しいストレスという名のばい菌が入り込んだら傷口は悪化
全身に菌が回ってしまったら敗血症になる
つまりは心の病や身体への影響だって出てくる
だからこそ、根本を変えるself-careが必要なのだ!
じゃあ何が根本を変えるself-careなのか?
根本を変えるself-care
1. Noといえる自分を作る
なんでもかんでも、YESと答えるyesマンになっていませんか?
自分ひとりでデキルからやる。自分でやった方が教えたり、お願いするよりはやいからやる。みんなにいい顔したいからやる。ボスにいい評価を貰いたいからやる。
それぞれに色々な理由があってNoと言わない/言えない人がいるよね?
私の場合は、この”自分でやった方が教えたり、お願いするより早いからやる”と”みんなにいい顔したいからやる”の二つが最大の理由だと思う。
救命で働いていて、色んな仕事を医者やリーダーに同時にお願いされる。さらに自分の役割もこなしたい。だから優先順位を考えて物事に取り組む。でも、そんな中で「こなした」仕事はいいものなのか?質の良い看護が提供されているのか?私でなくてもデキルことではないのか?
そう考えると、お願いする側も、もちろん自分以外の人もいるけど、私を選んでタスクを与えていることもある。嫌な顔をして与えられたことをやらない看護師もいる。分からないふりをする看護師もいる。説明すれば分かる看護師もいるが説明が必要。でも、私は説明は不要で、いつもはいはいと笑顔でなんでも取り組むhard worker。だから誰よりも沢山の事を頼まれやすいのだ。
だからこそNOといえる自分を作る必要があった。
だからこそ「今は手一杯でできないけどこれが終わったらデキルから10分後になるけどいいか?」と聞く必要がある。
「OOさんが担当だからOOさんにお願いしてください」という必要がある。
「私これをやっているので、患者さんのトイレ介助おねがいします」と誰かに仕事を割り振る必要がある。
そうやって自分で自分を追い込む癖をやめていく。
隠された自分のなかの「なぜNoと言えないのか」をしる必要がある。
2. 自分の中で境界線を引く
一番のNOといえる自分を作るに近いものがあるが、私の中での「自分の中で境界線おを引く」は別の物。
それはこれは許される、これは許されるべきものでは無いことに境界線を引くっていうていう事。
看護師の仕事をしていく中で、結構理不尽なことってある
先輩や医者のパワハラ
当然の権利である公休を拒否されたり
家族に不幸があったのにその弔い休を十分な期間貰えなかったり
患者に言葉の暴力を振るわれたり
痴呆患者にひっかかれたり、殴られたり
重症度の高い患者に沢山の入院、急変が起こっても応援を貰えなかったり
そのシフトで人が死ななかったり、転倒が起こらなかったのが奇跡のようなシフトを終えること沢山ない?
その事実を「異常」だ「理不尽」だと理解する必要がある
それ自体が自分の境界線なんだと意識する必要性がある。
以前働いていた大学病院、私はすでに辞めていた時に起こったことだが
あの恐ろしい東日本大震災によって引き起こされた。
ある看護師は私と同じ岩手出身。しかも私は内陸出身なのだがその先輩は沿岸出身であった。
なにが起こったかは予想がつくと思う。その先輩の父親は311の津波にのまれ「行方不明」になってしまったのだ。
結局、行方不明という形で葬式を挙げなければならなくなった。
しかし、先輩はたったの2日しか弔い休をもらえなかったのだ。
父親である。遠い親戚ではなく父親。しかも、先輩は東京に住んでいて、岩手の実家に行く必要があった。もっと言えば、震災で親を亡くす、しかも遺体にすら対面できないその事実や先輩に与えた影響を考えたら「2日って!?」
先輩は結果その病院を退職した。
その先輩はそこで境界線を引いたのだ。
「この病院は自分に良い環境ではない」と。
そういう大切な場面で「決まりは決まりだから」となんのケアもなく 2日で帰ってきてね。と言えてしまうろくでもないmanagementだったわけだ。
そこで、残っていたら。。。そこで2日で帰って仕事に戻っていたら。。。
きっとその先輩は一生後悔していたと思うし、心身ともに多きなダメージを受けていたと思う。
だからこそ
自分の境界線を引くこと。
3. Get comfortable being uncomfortable.
そう。境界線を守るためには自分で居心地の悪い事、嫌な気分になることもやらなければならないのだ。それは誰のためでもなく、自分のために。
その先輩がしたように、自分のこれは許されないという境界線を守るために、お願いして、negotiation して、 話してだめなら退職する。すごく大きな決意だったともう。
10年近く働いていた職場を辞める、職場の同僚は家族のようになっていた環境を去ること、仕事を失うこと、収入がなくなることすべてがuncomfortable だったに違いない。でもダメなものはダメ。enough is enough.
そこに気づいただけではなく、行動すること。
改善させる努力をする必要がある。
それには沢山の勇気と自己自信が必要だと思う。自分自身を一番に考える必要があると思う。
患者に言葉の暴力を振るわれた。それに泣き寝入りするのではなく 自分に対して立ち上がり、そんなことはあるべきではない!と師長に上申する必要がある。
その患者に、「that is not okay」という事を教えなければならない。
パワハラをしてくる先輩。先輩だから、教育されている立場だから何も言えない。。。NO NO NO
教育する側が学ばなければならないこともいっぱいある、直接先輩に言う必要はない。教育担当や、師長に相談する必要がある。「こういう教育の仕方をされてすごく嫌な気分になった。理不尽だと思う」と報告する必要がある。
挙げれば挙げるほど沢山あるけれど
Get comfortable being uncomfortableとはそういう気まずい、気分が進まない事でも、自分のためにやらなければならに事もあるのだ。
自分のためにそのuncomfortableな状況に慣れるひつようがあるのだ。
それが根本のself-care.
そう。自分の味方は自分しかいないのだから。
では
See you soon and have a wonderful day!